景観生活-西宮編

今津六角堂景観所見

文・写真 藤井成計

2021年1月、地域の景観づくりに重要な役割を果たしている「兵庫県景観形成重要建造物」に指定されました。

●概要
・所在地 : 西宮市今津二葉町4-10
・構造  : 木造、階数2、寄棟造桟瓦葺
・竣工年 : 明治15(1882)年・・・検証中
・明治15の施工  : 松本源七

大阪と神戸を結ぶ幹線道路である国道43号線の1筋南に、街路樹の豊かな酒蔵通りが東西に通っている。歴史ある西宮市立今津小学校はその通り沿いに有り、今津六角堂が小学校地内の南正門横の一郭に、通りに対して南面する形で建っている。今津六角堂の佇まいは明治の文明開化の雰囲気を今に伝え、酒蔵通りに歴史を偲ばせる景観を提供している。

江戸の頃から学問の村であった今津では、飯田桂山が宝暦5(1755)年、海辺に大観楼という学舎を建て、学者を招き教育を行っていた。明治5(1872)年、学校制度を定めた学制が公布され、全国で小学校が開設されていった。教育熱心な土地柄であった今津は、翌明治6(1873)年には今津村、津門村が連合し常源寺を仮校舎として今津小学校を創立した。その後、明治15(1882)年、教室の狭小により仮校舎を廃して、洋風建築の小学校校舎(今津六角堂)を建設する。

正門に南面して六角堂校舎が建ち、両翼に別棟の平屋建ての洋風校舎が配された。建設費8000円の内5200円は村民有志326名の寄付金により賄われ、地域をあげての大事業であった。校舎を洋風建築で建てたのは、明治10(1877)年に布達された「兵庫県公立学校建築法」にて洋風校舎が推奨されていたこと、近くの西宮小学校が既に洋風校舎で竣工し刺激を受けたこと、文明開化の流れのなかで地域の教育にかけた熱意が大きかったことが背景にあった。にわかに出現したモダンな洋風校舎には近在から見学者が訪れるほどになり、地域の人々の誇りであった。同年、東隣に戸長役場が建ち地域の中心的な建物となる。

六角堂はその後、校地内を3度移築改修され、そのたびに用途変更による新たな役割を担いつつ再生され続けてきた。昭和30(1955)年、校地南西隅に玄関を東向きに移築し公民館として開館する。この時、外観は保存されたが内部は用途に合うよう改修された。昭和40(1965)年、新公民館の建設に伴い取り壊しの危機があったが、地域住民の熱心な保存運動により、校地北側に玄関を南面させて移築し幼稚園舎として再生されることになる。外観の原型を往時のままにとどめ、内部は改修して遊戯室及び管理室とした。この折、時の兵庫県知事より著名な文化財として「六角堂」との命名を受ける。平成7(1995)年の阪神淡路大震災では幸いにも大きな損傷は受けず、平成10(1998)年校地南側正門横の現在の地に小学校学舎として移築改修され、歴史資料室・地域交流の場として活用されている。同年「兵庫県さわやか街づくり賞(建築部門)」を受賞している。

今津六角堂は木造洋風建築2階建、寄棟造桟瓦葺。左右対称形の建物で南正面中央に六角形の張り出しをもつ。寄棟屋根の軒出は短く、曲面付き繰形の軒蛇腹を四周に廻す。外壁は下見板張ペンキ塗の仕上げで、1、2階の間に胴蛇腹を廻し、四隅にコーナーストーンを象った隅柱を飾る。正面外観は張り出しの左右に繰形付き幅広の窓枠をもつ縦長の両開き窓を1.2階とも同じ位置、同じ形状で開けている。当初を表す古い図にはアーチ窓に両開きの鎧雨戸が描かれているが定かではない。側面も同じように縦長窓が開けられているが中央は幅広窓である。当初は渡り廊下で別棟教室に繋がっていたので両開扉が設けられていたためであろう。外壁足元は花崗岩切石2段積による基礎が丁寧に廻されている。

この建物の特徴は建物名の由来にもなっている、正面中央に突き出した六角形(正確には八角形の半裁の平面形)の張り出しである。1階は吹き放ちの玄関ポーチで2階は全面に腰壁付引違ガラス窓のある明るいサンルーム空間となっている。屋根は寄棟の主屋から張り出す形で宝形桟瓦葺の仕上、棟の頂部には木製の尖頭を飾りシンボル性を高めている。尖頭に付けられている方位飾りは保護を兼ねた改修時の付加物である。ポーチは丸面の花崗岩段石により、張出しと同じ形で地面より3段高く持ち上げて造られている。奥正面には繰形付きの木枠に両袖、欄間付きのガラス入り両開扉の玄関が迎えてくれる。張出しを支えるのは、ポーチ床に礎盤石を据え柱頭に繰形の飾りをもつ6本の丸柱である。丸柱は2階まで延び、軒先と中間部に主屋と同じ蛇腹を廻し一体感を表出している。2階は柱間のすべてに井桁に組んだ格子の中にX形格子が入る腰壁にガラス引違窓を備える和洋折衷の表現となっている。明治4(1871)年に着工した神戸の三井組の絵図面に同じような手摺意匠が見られることから、建設にあたっては神戸・大阪の先進地域の洋風建築を参考にしたものと思われる。2階張出し部分は全面にガラス窓の設けられた明るい開放的空間であり、当時の人々に文明開化を実感させたことだろう。建物正面中央に張り出し、望楼等を設け意匠を凝らし強調するのは、明治初期の洋風建築の特徴の一つである。

現存する代表的な明治初期洋風建築の小学校は、松本市にある旧開智学校(明治9年竣工)であるが、そこで見られるような奔放で破天荒な和洋折衷の造形はこ こでは見られない。竣工は少し後(明治15年)ではあるが、既に洋風建築の基本を押さえた堅実な意匠であり、建物のプロポーションも良い。六角形の張り出 しをつけることにより独自性と正面性が加えられ、小振りで愛らしい魅力的な洋風建築となっている。

建物内部は用途変更による改修により当初の姿を留めていないが、解体された別の旧校舎の段板を再利用して造られたT字型階段は旧来の雰囲気を伝えている。当初、1階は中央の玄関を挟んで西側に職員室、東側に応接室が配され、2階は裁縫室として使われたようで、教室は渡り廊下で繋がる別棟の平屋建洋風建物内にあったようだ。

3度に亘る移転、改修により、当初材が失われている割合が高いが、棟木、小屋梁、基礎石、玄関の段石、礎版石、丸柱及び柱頭繰形、軒蛇腹、胴蛇腹、出隅飾り柱、窓枠等の一部は当初材と思われる。内部は大部分が改修されているが、外観は概ね当初の姿を今に伝えている。建設から約130年間、時代の要請を有縁の人々の思いを力に移転、用途変更という手段で柔軟に受け入れつつ再生され続け、現在当初の位置近くの理想的な環境のもと今津の地に誇らしく建っている。今津六角堂は明治前期の洋風学校建築として兵庫県下では最も古い遺構であり、歴史文化的景観価値として高いものがある。

●参考資料
1・今津六角堂 展示資料
2・今津小学校六角堂移転改修他工事設計図書 平成8年度 共同設計株式会社
3・日本学校建築史 1973年 菅野誠
4・今津学校ノ図「兵庫県下有馬・武庫・莬原豪商名所独案内の魁」 神戸市立博物館蔵
5・西宮あれこれ
6・ふるさと春秋1988
7・今津物語-今津小学校創立百周年記念- 今津小学校百周年記念事業委員会 昭和48年
8・職人たちの西洋建築 初田亨 講談社 1997年
9・兵庫県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書 兵庫県教育委員会 平成18年
10・明治の学舎 中村哲夫 小学館 1997年
11・棟梁たちの西洋館 増田彰久 中央公論新社 2004年

●藤井成計プロフィール
・一級建築士/兵庫県ヘリテージマネージャー
・有限会社アトリエ・パル 代表取締役・管理建築士
・西宮市在住
1948年/神戸市生れ
1972年/神戸大学工学部建築学科卒業
旭建築事務所/都市・計画・設計研究所勤務
1995年/アトリエ・パル開設