本薬師寺【もとやくしじ】の礎石と飛鳥石

200309本薬師寺の礎石 飛鳥石

7世紀終わり~8世紀始めにかけて天武天皇・持統天皇が病気平癒を誓願して造営したといわれる寺で金堂、東塔の痕跡が確認されている。11世紀まで存続したが、写真が今の姿。南側にはホテイアオイの花畑(池)が色を添える他はネームバリューの割に質素なたたずまい。私も実は初訪問、「飛鳥石」が目当てであった。

薬師寺の石はどこから?>>

八木の石積みに多い、あの「黒ごま塩」の花崗岩の肌に、「たすき」や「黒斑」が特徴の飛鳥石がありました。ごろんとした軽自動車大のボリュームにちょっとした天端均しや柱に沿った繰り出しの加工がされている。並ぶピッチはそのまま柱の位置とは思えないほど狭く、詰んでいる。大礎石を頭の中で置き直し、畝傍山を背景に建物の大きさを想像するのは実に楽しい。

200309本薬師寺の古瓦「久瓦弁」本薬師寺の古瓦「久瓦弁」

1921年(大正10年)、史蹟名勝天然紀念物保存法による史蹟、 1952年(昭和27年)特別史跡に指定。現在の本堂は瓦も下ろされ猫の昼寝場となっているが、 文化財の指定なんのその、 なんかじーんとくる礎石群でした。

200309本薬師寺の礎石群

農家の庭先然とした寺務所前には、伊勢参りの太神宮が建ち、庚申さんもまつられている。伊勢参りの途中、名所として本薬師寺跡を訪れたのであろうか、大和の古代から近代がここに詰っているわけだ。

200309本薬師寺の庚申 使いの猿

庚申【かのえさる、こうしん】とは、十干・十二支の60通りある組み合わせのうちの一つで、 陰陽五行説では、十干の庚は陽の金、十二支の申は陽の金で、比和(同気が重なる)とされている。庚申信仰では猿が庚申の使い。