銭湯の休業宣言!
2005年4月17日の解体予告風景~追記:'05年4/305/21,5/28 ,6/19,7/8 ,'06年1/11 の結果報告
2005年4月17日の解体予告風景~追記:'05年4/305/21,5/28 ,6/19,7/8 ,'06年1/11 の結果報告

八木の町が誇る三銭湯のひとつ。因みにあとふたつは「あさひ湯」(現存)と「春日湯」(数年前に廃業、建物は残存中、下記銭湯遺産に掲載)。(但し、小房には「七福神の湯」あり、きれいな名湯。)
![]() | 銭湯遺産 町田 忍 戎光祥出版 2007-12 by G-Tools |
この玉湯、「12月31日をもちまして休業」されました。今、煙突が手持ちぶさたに恵比須さんの背景に立っている風景があります。
元気な玉湯の姿です。すごくお世話になりました。

左:暖かい言葉が書かれたブラケット 右:看板建築「玉湯」 (050417撮影)
●思い出●
昔は、常には「朝日湯」がなじみで、そこが休みのときには「春日湯」へ行っていた筆者。最近はこの玉湯にいく事が多かったのです。いつも近所の方々でにぎやかなお風呂屋さん・・・。タイルに声が響き合い、石鹸や「テンカフ」の匂いがしましたね。また、湯上がりに「ミックスジュース」飲むのが超贅沢だったあのころ。お互いに背中を流し合い、近所のおばさんとおしゃべりしながら長湯した頃が本当に懐かしい。
この建物は、実は並びの平屋建てと同じく木造の町家。こうして正面(ファサード)だけ、映画の書き割りのように洋風建築に見せていて、こうした建物のことを業界では「看板建築」と呼ぶ。建物そのものが看板となって、商いのアピールをしながら、本来の町家にお面を被っている。
ちょっと横姿を見ると、ちゃんと瓦葺きの町家であることがわかる。もっと奥には銭湯らしくレンガ積みの外壁も見え、近代の歴史の一旦を感じてしまいます。昔は「内風呂」家庭は少なかったですから、こうした銭湯はなくてはならない大事な町の施設でした。
こうした、町内のふれあいあふれる銭湯文化もいつしか時代の遺物となってしまうのだろうか・・・。ちょっと寂しいですね。でも、長らく本当にお世話になり、ありがとうございました。
銭湯にちなむ懐かしいお話をお聞かせください。
元気な玉湯の姿です。すごくお世話になりました。


●思い出●
昔は、常には「朝日湯」がなじみで、そこが休みのときには「春日湯」へ行っていた筆者。最近はこの玉湯にいく事が多かったのです。いつも近所の方々でにぎやかなお風呂屋さん・・・。タイルに声が響き合い、石鹸や「テンカフ」の匂いがしましたね。また、湯上がりに「ミックスジュース」飲むのが超贅沢だったあのころ。お互いに背中を流し合い、近所のおばさんとおしゃべりしながら長湯した頃が本当に懐かしい。
この建物は、実は並びの平屋建てと同じく木造の町家。こうして正面(ファサード)だけ、映画の書き割りのように洋風建築に見せていて、こうした建物のことを業界では「看板建築」と呼ぶ。建物そのものが看板となって、商いのアピールをしながら、本来の町家にお面を被っている。
ちょっと横姿を見ると、ちゃんと瓦葺きの町家であることがわかる。もっと奥には銭湯らしくレンガ積みの外壁も見え、近代の歴史の一旦を感じてしまいます。昔は「内風呂」家庭は少なかったですから、こうした銭湯はなくてはならない大事な町の施設でした。
こうした、町内のふれあいあふれる銭湯文化もいつしか時代の遺物となってしまうのだろうか・・・。ちょっと寂しいですね。でも、長らく本当にお世話になり、ありがとうございました。
銭湯にちなむ懐かしいお話をお聞かせください。
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Comments
確かおがくずで焚いていました。
おじさんがトラックで運んできたおがくずはボイラー室に隣接した倉庫にあるんですが、それを寄せる手伝い(邪魔)をしていました。
回数券もありました。
四角い紙にオレンジの字で印字されてたような記憶があります。利用するときに一枚ずつ番台に出してました。
敗れるまで再利用していて、ボロボロのも混ざってました(笑)