愛宕祭とは、奈良県橿原市八木周辺で毎年8/23-25に開催される夏祭り


祭りの日の通りの風景(店先と提灯・近世の大阪)
基本的には、昔の町割り単位で辻や家々の前に「愛宕さん」と呼ばれる屋形を出し祭壇を設ける。その祠の中には「愛宕さん」の軸や鏡を祀る。屋形の前には青竹2本を立て、横に青竹を渡し御供物を備える。こうして年に一度のにわか作りの神社が出来上がり、祭りの期間だけの神様の「よりしろ」となる訳である。![]() | 民俗文化財―保護行政の現場から 鹿谷 勲 樋口 昭 長谷川 嘉和 岩田書院 2007-11 by G-Tools |
この愛宕信仰とは、火事の多かった江戸時代に「火防・ひぶせ」の神として浸透した愛宕さんが、県下に「愛宕講」として根付いたもの。ここ「八木」では特に盛んになり、現在の「愛宕祭」として残っていると考えられる。愛宕信仰はこの祭りの他に「愛宕日待」があり、祭事を行う家では「愛宕さん」の軸を拝礼し、皆で会食(直会・なおらい)を行う。

愛宕祭の由来
夏祭りの終幕を飾る八木の愛宕祭りは、江戸時代より親しく「八木の愛宕さん」と呼ばれ、毎年8月23日から3日間多彩な行事を織り交ぜ、華やかに行われてきました。
もともと愛宕信仰は京都の愛宕神社が中心の信仰で、都の西境を守る道祖神がルーツといわれる。その後、地蔵信仰と習合し勝軍地蔵が祀られ、中世武士階級の崇敬を厚く受けたそうです。また同社は「火神軻遇突知神」を祀り、火難除けの神様として一般にも厚く信仰され全国へと広がっていきました。
大和地方では八木地方が最も愛宕信仰が盛んで、その御利益か、昔よりこの地方は火災が少ないと言われています。今もこの祭りを前に町内の代表者は京都の愛宕山にお札を授かりに詣でます。
現在、八木愛宕神社はJR畝傍駅前の東北、春日神社の境内にあります。また各旧町内をくくりに38個所(少し減っている)で祠をお祀りし、中でも東町の祠は最も古く「寛保二戌壬年七月七日」(1742年)の年号を記した掛図が御神体となっており今より260年前となりその古さを物語っています。


今は町内も高齢化が進み、また雑踏警備の問題で祭りが縮小化されつつあります。そのせいで、人出も最盛期の数十分の一、しっとりとした祭りになった今頃の愛宕さん、この町の行く末を見つめるいい機会となりました。(2001.08.25)

造り物(=造り山・立山)について
江戸時代の後期、祭礼時に街路や町家の座敷、店の間に飾った見せ物のこと。使う材料や題材、作り方に決まりなく、奉納としてまた人々の目を楽しませるように、ときには奇抜さも必要だったようです。
中には一式ものと呼ばれる、テーマを絞った材料を駆使する手法がはやり、商売道具や、近所の持ち寄りで、嫁入り道具や瀬戸物、金物、祝儀物・・・等で作り上げます。(下記写真は大阪住まいのミュージアムでの様子)
いずれにせよ、何日も掛けて作った立山もお披露目は祭の期間のみ。即日解体されもとの日常への戻ります。







町毎に奉られる祠の例
(以上、「祭礼事典」奈良県祭礼研究会編/(株)桜楓社発行参考)
愛宕祭の由来
夏祭りの終幕を飾る八木の愛宕祭りは、江戸時代より親しく「八木の愛宕さん」と呼ばれ、毎年8月23日から3日間多彩な行事を織り交ぜ、華やかに行われてきました。
もともと愛宕信仰は京都の愛宕神社が中心の信仰で、都の西境を守る道祖神がルーツといわれる。その後、地蔵信仰と習合し勝軍地蔵が祀られ、中世武士階級の崇敬を厚く受けたそうです。また同社は「火神軻遇突知神」を祀り、火難除けの神様として一般にも厚く信仰され全国へと広がっていきました。
大和地方では八木地方が最も愛宕信仰が盛んで、その御利益か、昔よりこの地方は火災が少ないと言われています。今もこの祭りを前に町内の代表者は京都の愛宕山にお札を授かりに詣でます。
現在、八木愛宕神社はJR畝傍駅前の東北、春日神社の境内にあります。また各旧町内をくくりに38個所(少し減っている)で祠をお祀りし、中でも東町の祠は最も古く「寛保二戌壬年七月七日」(1742年)の年号を記した掛図が御神体となっており今より260年前となりその古さを物語っています。


通りに組み立てられた社
私たちにとって愛宕祭の最大の楽しみといえば、「立山」(たてやま)。昔より祭りの数ヶ月前から町内をあげて「立山」作りに専念し、そのできばえを競い、近在からの見物客を集めました。今は町内も高齢化が進み、また雑踏警備の問題で祭りが縮小化されつつあります。そのせいで、人出も最盛期の数十分の一、しっとりとした祭りになった今頃の愛宕さん、この町の行く末を見つめるいい機会となりました。(2001.08.25)

今や「立山」のテーマはTV・映画、時事ネタ、アニメのキャラクターなど様々
![]() | 京都愛宕山と火伏せの祈り 八木 透 昭和堂 2006-03 by G-Tools |
造り物(=造り山・立山)について
江戸時代の後期、祭礼時に街路や町家の座敷、店の間に飾った見せ物のこと。使う材料や題材、作り方に決まりなく、奉納としてまた人々の目を楽しませるように、ときには奇抜さも必要だったようです。
中には一式ものと呼ばれる、テーマを絞った材料を駆使する手法がはやり、商売道具や、近所の持ち寄りで、嫁入り道具や瀬戸物、金物、祝儀物・・・等で作り上げます。(下記写真は大阪住まいのミュージアムでの様子)
いずれにせよ、何日も掛けて作った立山もお披露目は祭の期間のみ。即日解体されもとの日常への戻ります。


造り物「獅子」(嫁入り道具一式)、タンスや着物


「にわとり」(小間物屋の道具一式)、部分は櫛


造り物「蟷螂」(箒刷毛の一式)
![]() | 日本版スローシティ―地域固有の文化・風土を活かすまちづくり 学陽書房 2008-04 by G-Tools |
![]() | 体験交流型ツーリズムの手法―地域資源を活かす着地型観光 学芸出版社 2008-06-30 by G-Tools |
やまと まつり旅―奈良の民俗と芸能
宮本常一 [ちくま日本文学022] (ちくま日本文学 (022))
コミュニティ・レストラン
京都愛宕山と火伏せの祈り
絵図に見る伊勢参り
日本伝統の町―重要伝統的建造物群保存地区62
総覧 登録有形文化財建造物5000



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