ロハス的に
ここで、はやり言葉「ロハス」を使うことをお許し願いたい。
八木の町は温暖な奈良盆地に位置し、町と田舎の両面を持つ町です。昔で言う「四方四里」(直径16km)どこへでも自転車でいける平坦な地の利を生かして、近隣とともに「地産地消」が叶う町ではと、最近聴講した「lohas」シンポジウムを通して感じました。八木は大都会には電車という公共交通を介して実に便利だし、現在、情報はIT化が助けてくれます。
ここで、はやり言葉「ロハス」を使うことをお許し願いたい。
八木の町は温暖な奈良盆地に位置し、町と田舎の両面を持つ町です。昔で言う「四方四里」(直径16km)どこへでも自転車でいける平坦な地の利を生かして、近隣とともに「地産地消」が叶う町ではと、最近聴講した「lohas」シンポジウムを通して感じました。八木は大都会には電車という公共交通を介して実に便利だし、現在、情報はIT化が助けてくれます。
ちなみに、奈良県は日本一県外就労者が多く、また、食料自給率はワースト5位だそうです。もしかしてロハスとは対極にある地元力の低い県なのかもしれません。見つめよ、足下。
竹田読本―まちとむら、農と食を結ぶ。 (西日本新聞ブックレット)
佐藤 弘 森 千鶴子

一方、日本の「ロハス意識」が中途半端な田舎ほど低いと言われることが、この八木に当てはまり愕然としました。八木界隈の人々は、ちょうどいい塩梅に「自然」があるせいで、それはほっておいてもキープされると誤解しているのです。
公共下水が整わないままに、身近な水路に、環境汚染物質を含んだ洗濯汚水や炊事水、ゴミや工業廃水もなんでも捨てているのは、都会の人から見るとびっくりすることだと言います。確かに昔は「三尺流れて 水清し」であったろうと、同じ感覚でいる現在人の不見識は問題です。水路の清浄化と住民の意識改革が、是非、望まれます
Lohas -ロハスとは 、Lifestyles of Health and Sustainability の頭文字をとった略語で、健康を重視し、持続可能な社会生活を心がける意識の高いライフスタイルを指します。アメリカ発の考え方だそうですが、日本にとてもマッチしやすいのではとの考えもあり、現在物議を醸しています。
LOHASに暮らす
ピーター・D. ピーダーセン Peter David Pedersen

旅人を癒す八木の町
また、町の通りに「緑」が少ないのは、今人的には、少々息の詰まった感じがするのですが、私だけでしょうか。高い塀や閉ざした格子戸は屋敷を守る印で、意味あるものなのですが、一方世間に背を向け閉鎖的な町とも感じます。歴史的背景でそれが町並みを形成しているのは確かですが、高齢者が中で孤立しているように、また町に行き交う人には冷たいと見受けてしまうのです。
植栽や窓辺に飾った草花で家人と往来する人が語り合う光景もあってもいいのではないでしょうか。また、両者の橋渡しになるような、会所や立ち寄り所が自然にできれば、違世代間の交流が生まれていいかもしれないですね。また、エコツーリズムの助けとなるような、旅人を歓迎する「宿場町八木」らしい何かが提案できないかと想います。
近所の人同志でお互いに助け合う、見守りあうことは、昨今心配される犯罪から身を守る上でも有益ですし、防災上も効能があるのでは。他人の生活に踏み込まずに陰でこそこそ批判しあう風土がなきにしもあらず・・・、八木の欠点も考慮に入れ、育む「地縁」。いかがでしょう。ご意見お待ちいたします。
このままではもったいない!―みんなで創る観光まちづくり実践塾
二瓶 長記

佐藤 弘 森 千鶴子

一方、日本の「ロハス意識」が中途半端な田舎ほど低いと言われることが、この八木に当てはまり愕然としました。八木界隈の人々は、ちょうどいい塩梅に「自然」があるせいで、それはほっておいてもキープされると誤解しているのです。
公共下水が整わないままに、身近な水路に、環境汚染物質を含んだ洗濯汚水や炊事水、ゴミや工業廃水もなんでも捨てているのは、都会の人から見るとびっくりすることだと言います。確かに昔は「三尺流れて 水清し」であったろうと、同じ感覚でいる現在人の不見識は問題です。水路の清浄化と住民の意識改革が、是非、望まれます
Lohas -ロハスとは 、Lifestyles of Health and Sustainability の頭文字をとった略語で、健康を重視し、持続可能な社会生活を心がける意識の高いライフスタイルを指します。アメリカ発の考え方だそうですが、日本にとてもマッチしやすいのではとの考えもあり、現在物議を醸しています。
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また、町の通りに「緑」が少ないのは、今人的には、少々息の詰まった感じがするのですが、私だけでしょうか。高い塀や閉ざした格子戸は屋敷を守る印で、意味あるものなのですが、一方世間に背を向け閉鎖的な町とも感じます。歴史的背景でそれが町並みを形成しているのは確かですが、高齢者が中で孤立しているように、また町に行き交う人には冷たいと見受けてしまうのです。
植栽や窓辺に飾った草花で家人と往来する人が語り合う光景もあってもいいのではないでしょうか。また、両者の橋渡しになるような、会所や立ち寄り所が自然にできれば、違世代間の交流が生まれていいかもしれないですね。また、エコツーリズムの助けとなるような、旅人を歓迎する「宿場町八木」らしい何かが提案できないかと想います。
近所の人同志でお互いに助け合う、見守りあうことは、昨今心配される犯罪から身を守る上でも有益ですし、防災上も効能があるのでは。他人の生活に踏み込まずに陰でこそこそ批判しあう風土がなきにしもあらず・・・、八木の欠点も考慮に入れ、育む「地縁」。いかがでしょう。ご意見お待ちいたします。
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