今井は中世末期に町人自治によりできた寺内町、東西に600m、南北に300mの町の周辺に環濠を巡らし、昭和31年の町村合併まで、自衛・独立してきた輝かしい歴史を持つ。
(札の辻を中心にした八木の旧環濠内は東西に130m、南北160mで今井の1/8の面積、下ツ道の近鉄踏切から醍醐辻あたりが今井の東西距離にあたる)
戦国時代の末期に一向宗門徒が称念寺を囲んで今井を環濠都市に形作り、後に変遷を遂げ、武士権力との戦いの歴史と伴走する。

八木の町と違って、はるか時代が遡る町の景観は、町全体を織りなす狭い路地と低い軒に漆喰と濃い墨色の本瓦が印象づける。日本における「町並み保存」そのものの町であり、八木の町からすると学ぶべきコト満載の町である。勉強しよう!
(札の辻を中心にした八木の旧環濠内は東西に130m、南北160mで今井の1/8の面積、下ツ道の近鉄踏切から醍醐辻あたりが今井の東西距離にあたる)
戦国時代の末期に一向宗門徒が称念寺を囲んで今井を環濠都市に形作り、後に変遷を遂げ、武士権力との戦いの歴史と伴走する。

2007年今井六斎市の様子
八木の町と違って、はるか時代が遡る町の景観は、町全体を織りなす狭い路地と低い軒に漆喰と濃い墨色の本瓦が印象づける。日本における「町並み保存」そのものの町であり、八木の町からすると学ぶべきコト満載の町である。勉強しよう!
寺内町から商業都市に
寺内町というかたちから「大和の金は今井に七分」との商業都市と繁栄を遂げ町の景色は本瓦葺きに白漆喰を重厚に塗り回した「塗屋造」に染まる。現在残る町並みの6割は江戸以前の建築といわれ、中近世がそのまま現在に息づく町ともいえる日本にとっては貴重な建築遺産であろう。
町内には 重文9件、県指定文化財3件を有し、その貴重民家の密度は日本一といえる。
今井町の建築
中でも今西家(慶安4年・1657)は城郭を思わせる豪奢で重厚な風貌を持って、今井町の往時の繁栄を示していて圧巻である。次なる古格に豊田家(17世紀中期)、音村家(17世紀後期)が続く。今井ではこうした「本屋建て」といわれる邸宅に加え、庶民の住宅長屋(借家)がとても多く残っているのも特徴である。
尚、八木は今井に比べて本屋建ての割合が多く(長屋が少ない)、その分旧環濠から外にも広く住まいが広がっていたといえるのが今井との違いである。
今井町の長屋
長屋普請は本屋造りと違って軽快で、町のコミュニティを形成しなじみやすい景観を醸し出す(格子戸開けたらすぐ生活空間がある)。江戸時代には全戸数中8割以上がこうした長屋であったといわれていて、そのにぎやかさが忍ばれ、現在その長屋が減ったこと自体が今井の町の落ちつき(=寂しさ)を物語っている。

が、文化財的見地では本屋造りには手厚く助成・補助の手がのびる一方、長屋建築にはその手がのびにくく、ましてその住みにくさが相まって姿を消す運命ではあるといえるのが悲しいところ。今後の今井の町並み、まちづくりにとって「活気ある常居のひとびと」が古い町並みに辛抱するこなく、それを誇り、その美観を敬いながら自らの住み方、住み場の景観を創造していかねばならないことは、そう簡単なことではない。
今井町の未来
映画の書き割り建築と観光客の町ではなく、伝統を誇りに活気ある、美しい暮らしはできないものか・・・、とまちづくり関係者の尽力はいつも若い力で動いている。


寺内町というかたちから「大和の金は今井に七分」との商業都市と繁栄を遂げ町の景色は本瓦葺きに白漆喰を重厚に塗り回した「塗屋造」に染まる。現在残る町並みの6割は江戸以前の建築といわれ、中近世がそのまま現在に息づく町ともいえる日本にとっては貴重な建築遺産であろう。
町内には 重文9件、県指定文化財3件を有し、その貴重民家の密度は日本一といえる。
重要伝統的建造物群保存地区
種別:寺内町、自治都市
選定年月日:平成5年12月8日
選定基準:伝統的建造物群が全体として意匠的に優秀なもの
面積:17.4ha
今井町の建築
中でも今西家(慶安4年・1657)は城郭を思わせる豪奢で重厚な風貌を持って、今井町の往時の繁栄を示していて圧巻である。次なる古格に豊田家(17世紀中期)、音村家(17世紀後期)が続く。今井ではこうした「本屋建て」といわれる邸宅に加え、庶民の住宅長屋(借家)がとても多く残っているのも特徴である。
尚、八木は今井に比べて本屋建ての割合が多く(長屋が少ない)、その分旧環濠から外にも広く住まいが広がっていたといえるのが今井との違いである。
国重要文化財
称念寺本堂 17世紀初期
今西家住宅 17世紀中期
豊田家住宅2棟 17世紀中期
旧米谷家住宅2棟 18世紀中期
高木家住宅 18世紀後期
中橋家住宅 18世紀中期
音村家住宅2棟 17世紀後期
上田家住宅 18世紀後期
河合家住宅2棟 18世紀後期
県指定文化財
吉村家住宅5棟 19世紀初期
旧高市郡教育博物館 明治時代
山尾家住宅5棟 18世紀後期
市指定文化財
旧常福寺観音堂 慶長18年
旧常福寺表門 17世紀
順明寺表門 寛永15年
称念寺太鼓楼 弘化年間
今井町の長屋
長屋普請は本屋造りと違って軽快で、町のコミュニティを形成しなじみやすい景観を醸し出す(格子戸開けたらすぐ生活空間がある)。江戸時代には全戸数中8割以上がこうした長屋であったといわれていて、そのにぎやかさが忍ばれ、現在その長屋が減ったこと自体が今井の町の落ちつき(=寂しさ)を物語っている。

が、文化財的見地では本屋造りには手厚く助成・補助の手がのびる一方、長屋建築にはその手がのびにくく、ましてその住みにくさが相まって姿を消す運命ではあるといえるのが悲しいところ。今後の今井の町並み、まちづくりにとって「活気ある常居のひとびと」が古い町並みに辛抱するこなく、それを誇り、その美観を敬いながら自らの住み方、住み場の景観を創造していかねばならないことは、そう簡単なことではない。
今井町の未来
映画の書き割り建築と観光客の町ではなく、伝統を誇りに活気ある、美しい暮らしはできないものか・・・、とまちづくり関係者の尽力はいつも若い力で動いている。
特定非営利活動法人(NPO法人)今井まちなみ再生ネットワーク・・・少年時代、町の通りを駆け抜けた自分が大人になって思う、まちのありかたとは?


修理を待つ伝統建築
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